松任谷由実「りんごのにおいと風の国」はどこの国?~この曲のストーリー

いのこずちに口づけして言えなかった思いを残さず込める 音楽

アルバムのラストの曲には隠れた名曲が多いと思いますが、ユーミンのアルバムのラストも名曲がずらり~「MISSLIM」の「旅立つ秋」、「14番目の月」の「晩夏(ひとりの季節)」、「紅雀」の「残されたもの」、古い方から振り返ってもすぐに名曲がピックアップ出来ます。

松任谷由実のアルバム「OLIVE」のラストに収録された「りんごのにおいと風の国」もまた隠しようがない名曲です。

りんごのにおいと風の国 Youtube松任谷由実チャンネル

この曲を聴くたびに、りんごの名産地で風が強い国が「りんごのにおいと風の国」なんだろうと漠然と思っていたのです、実際こんなざっくりイメージで曲を聴いていました。
ユーミンのりんごの匂いと風の国のイメージ
・・・でも、なんかこれって違うんじゃない?と最近になって気づいた次第。

タイトルが ”りんごのにおいの風の国” ”りんごがにおう風の国” ならば、”りんごの名産地&風”の国で良いのでしょう、でも曲のタイトルはそうじゃなく「りんごのにおいと風の国」、、、これはもしかすると

”りんごのにおい、そして風の国へ”

ではないのかな?、と。それで歌詞をじっくり見たりしているとこんなざっくりとしたストーリーが浮かんできました。

「りんごのにおい」を木枯らしの晩秋に嗅ぐ
⇒いのこずちを彼のセーターに投げた「言えなかった想い」が蘇る
⇒今すぐ彼にもう一度会いたい強烈な衝動が主人公の彼女を支配する
⇒行ってはいけないと自分に言い聞かせ葛藤する
⇒でも自分を止められない、もうすでに「風の国」へと急いでいる

歌詞の冒頭の
ハロウィーン 
木枯らしのバスが夕暮れの街を過ぎれば
うつむいた人々 どれもが似ている顔

「木枯らし」は、

秋から冬への転換期に吹く冷たく乾いた強風で、寂しさ、孤独感、そして去りゆく秋への哀愁といった「しみじみとした情感」を呼び起こす季節の表現です。木の葉を散らし、冬の訪れを告げる寒々しい様子は、心の冷えやセンチメンタルな気分を象徴する言葉として用いられます。

木枯らしは主人公の彼女の心情を表し、その彼女が乗るバスを「木枯らしのバス」と表現しています。

「りんごのにおいと風の国」歌詞の1番からのイメージ

夕暮れの街を過ぎた時の車窓から見た街の情景から「りんごのにおいと風の国」が始まります。

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曲の構成

この曲の構成ですが、このように分けてみます。
1番の歌詞
A ハロウィーン 木枯らしのバスが ~ 美しすぎるまぼろし 
B もういけない ~ 風の国へ急ぎます

2番の歌詞
A ハロウィーン いのこずちひとつ ~ 短い秋のピリオド
B もういけない ~ 風の国へ急ぎます

1番の歌詞は《今進行中の現在》、Bは心の葛藤
2番の歌詞Aは《回想シーン》、Bは心の葛藤

バスの窓から見えた夕暮れの街【1番の歌詞】

季節は木枯らしのハロウィーン、主人公の彼女を乗せたバスが夕暮れの街を過ぎる時、バスの窓から見た俯いた人々は、そのどれもが似ている顔に見える。

たぶん あなたの愛した 
私はどこにもいないの 
若さが創った美しすぎるまぼろし

街の人々の中をどんなに探したって、あの頃の自分はもういないと感じたのか、
それとも、俯いた似たような顔をした人々の中に埋没した、かつての輝きを失った自分を見たのかもしれない。

あるいは、”あの頃なら、あの中に私がいても、あなたならここからでもすぐに私を見つけたはず”、、、そんな風だろうか。

若さが創った美しすぎる幻

「若さが創った美しすぎるまぼろし」に過ぎないんだというバスの中の彼女の
・そう気づいてしまった
・そう言い聞かせた
・彼の心はもう私から離れている
そんないろいろな心情が読み取れそうです。

葛藤

彼に会いたいという衝動に必死にブレーキをかけようとします。

もういけない たずねてゆけない
わがままなあなたをゆるしそう

歌詞の2番に繰り返される葛藤部分は、

もういけない たずねてゆけない
ひたむきなあなたを探しそう

ここに二人の別れの理由がなんとなく想像できます。
・我儘なあなたを許せなかった
・ひたむきなあなたが好きだったのに、あなたはそれを失った

「もういけない」「たずねてゆけない」は韻を踏んでいるのでしょう、もし「もう行けない」「訪ねて行けない」であれば彼女は”風の国”へ行ったことがあるとなりますが、「もういけない」は ”もうダメだよ” というそのまま自戒の言葉だと捉えるのが良さそうに思えます。

そして
ハロウィーン
この「ハロウィーン」というキーワードには季語としての役割、そしてなにより「風の国」のメタファーとして。その他に ”シーンの切り替わり” の合図として ”しおり” のように差し込んで用いられています。

続く歌詞は、

りんごのにおいと風の国へ急ぎます

「風の国」へと急ぐ自分を、もう一人の自分が「もういけない」と言い聞かせても、その衝動を止めることが出来ないのです。もしかすると彼女はもうすでに空港行きのバスに乗っているのかもしれません。

いのこずちを彼のセーターに投げた別れの回想【2番の歌詞】

そして2番はまた「ハロウィーン」から始まります。

そして続くシーンは、この季節に彼と別れた過去の場面です。

いのこずち ひとつ
くちづけてセーターに投げたの
言えなかった想いを残らずこめるように

いのこずちに口づけして言えなかった思いを残さず込める

なにか微妙な恋愛関係を感じてしまいます。
1番の歌詞では「あなたの愛した私は」と歌っているので彼が彼女を愛していたのは間違いないでしょう。でも彼女の方はどうなのか、

「言えなかった想いを残らずこめるように」

彼女は率直に彼に想いを伝えていなかった、ように感じます。もしかすると想いを伝えてはいけない事情があったのかもしれませんね、彼にはすでに恋人がいた、、、とか、あるいはその反対の場合も。

そして ストーヴの前で
ぬいだとき気づいて欲しい
小さなブローチ 短い秋のピリオド

「小さなブローチ」は「言えなかった想い」を込めてセーターにくっつけた「いのこずち」のこと。

「気づいて欲しい」のは「いのこずち」に込めた彼に対しての「言えなかった想い」でしょうが、、、

「短い秋のピリオド」は、文字通りの秋の終わりと ”恋の終わり” をかけたもの。

「言えなかった想い」とはどのようなものだったのでしょうか?。そしてどうしてピリオドが打たれたのでしょうか?。

その手がかりをアルバム「14番目の月」に収録されている「さみしさのゆくえ」という曲に求めてみます。「14番目の月」は「OLIVE」の3つ前のアルバムです。「さみしさのゆくえ」で歌われていた二人の関係が「りんごのにおいと風の国」に繋がっている気がしてならないからです。

「さみしさのゆくえ」では、

さいはての国でくらす あなた帰って来たのは

悪ぶるわたししか知らず あのとき 旅立って行った

このような二人の関係が歌われています。最果ての国へ旅立って行った、、、ここから、「風の国」=最果ての国なのだろうか、そんな想像をしてしまいます。

そして『悪ぶる私しか知らず』にピリオドが打たれたとしたら、「りんごの~」での「言えなかった想い」は、彼への想いをストレートに伝えることが出来なかった彼女を想像してしまいます。

こんなわたしでもいいと言ってくれたひとことを 今も大切にしてる私を笑わないで

「さみしさのゆくえ」のこのフレーズは、彼女の心は今も彼から離れていないように思えます。

いのこずちに口づけして思いを込めた セーターについたいのこずちの小さなブローチ

「風の国」がどこなのかを探るのにとても重要なことですが「いのこずち」は日本に生息する植物であって、外国には生息していないそうなのです。なので2番の歌詞は日本国内での別れのシーン、「風の国」が外国であるなら、「いのこずち」を彼のセーターに投げた別れの場所は「風の国」ではないことになります。

「さみしさのゆくえ」で歌われている

悪ぶるわたししか知らず あのとき 旅立って行った

「いのこずち」を彼のセーターに投げた「短い秋のピリオド」は、彼が最果ての国へ旅立って行ったことによりピリオドが打たれたのかもしれません。

「さみしさのゆくえ」はウィキペディアに

ユーミンが言うには、歌詞には出てこないが学生運動が行われていた時代の恋愛が描かれた楽曲とのこと

と書かれています。理想に燃えていた彼が挫折し、最果ての国へ旅立ってしまった、、、

「りんごの~」の葛藤のところで歌われている ”我儘でひたむきさを失ったあなた” にも重なるように思います。

ストーリーを時系列で並び替える

歌詞の1番A、Bが《現在進行形の情景と葛藤》、2番のAが《過去の別れのシーン》、Bが《現在進行形の葛藤》なので時系列でストーリーを並び替えてみます。

いつかの木枯らしの季節、「言えなかった想い」を「いのこずち」に託し、彼と別れた。

時を経て、木枯らしの晩秋に漂う「りんごのにおい」、、、今すぐ彼にもう一度会いたい強烈な衝動が起こり「風の国」へ向かわせる。

乗り込んだバスの中からぼんやり観た街の情景から行けない理由を探し、「風の国」へ向かう自分をなんとか止めようとする。

でも、もうすでに「風の国」へと急いでいる自分を止められない。

このような感じでしょうか。バスからの情景は日頃乗っているバスかもしれませんが、強烈な衝動により「風の国へ急ぎます」という歌詞から、すでに空港行のバスに乗り込んでいるというイメージを抱いてしまいます。

「風の国」の彼に会いたいのは、もちろん恋しさからでしょうが、
いのこずち ひとつ
くちづけてセーターに投げたの
言えなかった想いを残らずこめるように

この「言えなかった想い」を今度はしっかり自分の口から伝えたかったからかもしれませんね。
「風の国」で再会した二人

キーワード、フレーズ

りんごのにおい

この曲で用いられた表現は ”りんごの香り” ではなく「りんごのにおい」。
”香り” であれば曲の恋は喜びやハッピーエンドの方向感を持つかもしれませんが、「におい」とすることでその恋には単に喜びだけじゃない、悲しみなど ”良いことばかりじゃない” ことを包括させるようなイメージに。

そして「におい」とすることでより卑近な感じが出ます。木枯らしの季節のりんごは特別なものではなく、それこそスーパーへ行けば並んでいる身近なもの。あちこちでりんごのにおいがするので、それが引き金となりこの時期の別れを想い出さずにはいられない状況になります。

そう考えるとタイトル「りんごのにおいと風の国」は、 ”身近なりんごのにおい” と ”遠い風の国” という遠近の対比のように感じ取ることも出来ます。
りんごの入った買い物袋を持つ若き日の彼女

ハロウィーン

「りんごのにおい」が日常感なら「ハロウィーン」は非日常感、そして ”遠く” をイメージさせるキーワードです。

Geminiより 1970年代の日本のハロウィンについて、当時は今のような「街中で仮装して盛り上がるイベント」ではありませんでした。
ごく一部の文化: 米軍基地周辺や、海外生活経験のある家庭、あるいは最先端の流行に敏感な人々(ユーミンのようなクリエイター層)だけが知っている「異国の少し風変わりな秋の行事」という認識でした。
季節感の象徴: 歌詞にある「木枯らしのバス」「うつむいた人々」という描写からわかるように、お祭り騒ぎのハロウィンではなく、「本格的な冬が来る直前の、孤独で冷ややかな空気感」を強調するための舞台装置として使われています。

日常から切り離された、少し奇妙で幻想的、、、そんな響きも当時はあったように思います。

また「ハロウィーン」は季語としての役割の他に ”シーンの切り替わり” の合図として ”しおり” のように差し込んで用いられる機能も果たしています。

そして、この曲の中で「風の国」を最もイメージさせるのが「ハロウィーン」というキーワードではないでしょうか。

ハロウィーンは「風の国」のメタファー

Geminiによる解説
この楽曲が収録されたアルバム『OLIVE』(1979年)の空気感を踏まえると、単なる季節のイベント以上の意味が込められていると解釈するのが自然です。そう言える理由をいくつか整理してみます。

1. 「境界線」としての共通点
ハロウィーンは、本来「現世」と「異界(死者の国)」の境界が曖昧になる夜です。一方で、歌詞に登場する「風の国」もまた、日常の風景の中にありながら、ふとした瞬間に消えてしまいそうな、どこか浮世離れした桃源郷のような場所として描かれています。

ハロウィーン: 時間的な境界(季節の変わり目、生と死の境)

風の国: 空間的・心理的な境界(記憶の中の風景、あるいは理想郷)

この二つを重ねることで、「今ここにはないけれど、確かに感じる気配」というメタファーが成立します。

2. 「仮装」と「匿名性」
ハロウィーンの「仮装」は、自分ではない何者かになる行為です。曲中で描かれる、りんごの匂いが漂うノスタルジックな世界観において、主人公たちが「日常の役割」から解き放たれ、自由な存在(=風の国の住人)として振る舞える象徴として機能していると考えられます。

3. 「収穫」と「冬の予感」
りんごの収穫時期とハロウィーンは重なります。豊穣の喜びと同時に、その直後に訪れる「冬(枯死や停滞)」の予感が漂う時期でもあります。

「風の国」が、単なる幸福な場所ではなく、どこか寂しさや刹那的な美しさを孕んでいるとすれば、ハロウィーンというキーワードは、その**「一瞬の輝きと、その後に来る喪失」**を予兆させる装置として機能していると言えます。

当時のユーミンが描こうとしていた「異界への入り口」を、ハロウィーンという文化的なアイコンで見事に表現しているという解釈は、非常に説得力があります。

それにしてもAIは「風の国」が ”異界” だという選択肢を排除しないことが興味深い。

いのこずち

「いのこずち」は ”身近さ” を感じさせるキーワードです。

「いのこずち」は北海道を除く日本に生息する植物のようです。なので「いのこずち」を彼のセーターに投げた別れの場面は日本、それも北限は青森まで。

「風の国」は「ハロウィーン」のイメージから、北の遠い海の向こう、それに対して別れの場面は「いのこずち」から範囲が限定される ”身近な恋” の対比。

(北海道に住む自分は「いのこずち」をこの曲を聴くまで知りませんでした。海の向こうの北海道も「風の国」の候補になるのかな? ちなみにハロウィーンの10月31日はもう初雪も降って初冬です。)

関連曲から見える「風の国」を探る

「りんごのにおいと風の国」はどこの国なのか、曲の中にその答えはありません。ですがユーミンの他の曲に、もしかすると歌われているのは「風の国」かな?と想わせる曲が幾つかあります。

1976.11.20 アルバム「14番目の月」収録
さみしさのゆくえ

「最果ての国で暮らす あなた帰ってきたのは」

1979.7.20 アルバム「OLIVE」収録
青いエアメール

1979.12.1 アルバム「哀しいほどお天気」収録
ジャコビニ彗星の日

「りんごのにおいと風の国」が収録されたアルバム「OLIVE」の次のアルバムが「哀しいほどお天気」でその第1曲目が「ジャコビニ彗星の日」。つまりアルバムを発売順に並べると「りんごのにおいと風の国」の次の曲がこの「ジャコビニ彗星の日」となるのですが、その日が「72年10月9日」と歌われています、ユーミンが18歳頃でしょうか。そして歌詞に「シベリア」が登場します。とても暗示的な曲に想えてしまいます。そしてこの曲は、一連のストーリーの一番最初に位置する曲なのでは?、とも。

歌詞の2番に関連すると感じる曲

1974.10.5 アルバム「MISSLIM」収録
旅立つ秋

「りんごのにおいと風の国」の回想での「短い秋のピリオド」が打たれる直前の情景に想えます。

1975.10.5 荒井由実時代のシングル
あの日にかえりたい

1978.3.5 アルバム「紅雀」収録
残されたもの

「またひとりだけの時が始まった」、「短い秋のピリオド」の後の冬の訪れの寂寥感。

「風の国」へ向かった彼女のその後のストーリー

「風の国」へ向かった彼女のその後のストーリー

1980.6.21 アルバム「時のないホテル」
コンパートメント

1977.5.5 シングル「潮風にちぎれて」のB面
消灯飛行

「さみしさのゆくえ」の別れの場面の私とあなたをひっくり返したような曲。参考。

1980.6.21 アルバム「時のないホテル」
水の影

「コンパートメント」の次に収録されているアルバムの最後を飾る曲。この曲はアルバム「ひこうき雲」から始まったユーミンの死生観のエンディングでもあるように思っていて、勝手に第1期ユーミンのエンディングだと思っています。
この次のアルバムは「SURF&SNOW」、遊び人風ユーミン全振りへ、そして恋愛の教祖様へ。

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