灰色は、白と黒との中間の色の呼び名で、ねずみ色は、灰色(グレー)系統の色全般の呼び名で、灰色=鼠色(ねずみいろ)です。
「灰色」は平安時代には使われていた色名で、「ねずみ色」は室町末期から江戸時代に生まれた色名です。
灰色は「鈍色」ともよばれ、平安時代以前には不吉な色としてのイメージが強く、嫌われていましたが、
江戸時代、幕府が”派手な色”の着物の着用を禁止(奢侈禁止令しゃしきんしれい)したため、庶民は地味な色に関心をもつようになり、
この時代、多彩な”地味な色”が生まれ、地味な色が流行しました。
なかでも、茶色系や黒・灰色系の地味で渋めの「縦じま」「格子」「小紋」の着物は”江戸好み”として大流行し、
「四十ハ茶百鼠(しじゅうはちゃひゃくねずみ)」といわれるほど、多彩な「茶系の色」と「灰色系の色」が、この時代に生まれました。
※四十ハ茶百鼠とは、茶色を48色、鼠色(灰色)を100色使用して着物をつくったことからつけられた呼び方。実際は茶系統、鼠色系統ともに100色以上あったといわれていて、48や100の数字は、色の種類の数というより、数えられないほど多彩な色があることを示したものといわれている。
なぜ「鼠色」は「灰色」なのか
もともと、灰色は「墨(すみ)」「鈍色(どんじき)」と呼ばれていた色で、鼠色(ねずみいろ)は「うす墨」「鈍色(にびいろ)」と呼ばれていた色。
色見本などでは灰色と鼠色はそれぞれ別の色として表示されていますが、国語辞典で「灰色」とひくと「鼠色」、「鼠色」とひくと「灰色」、どちらも同じ色としてあつかわれています。
灰色
鼠(ねずみ)色
もともとは、違う色だった「灰色」と「鼠色」が同じ色として扱われるようになったのは江戸時代というのが定説です。
江戸時代、火事が多かった江戸で「灰」という言葉が縁起が悪いとして嫌われ、「はい色」のことを、よくにた色の「ねずみ色」と呼ぶようになり、「灰色」と「鼠色」の区別をしなくなったとする説です。
余談ですが
1週間ほど前、実家の物置で、「ネズミ」を駆除しました、そのとき「ねずみとり」にかかったネズミの色は、どちらかというと茶色にちかい「鼠色」でした。
四十ハ茶百鼠、鼠色はじつに多彩です。
ねずみ色は100色あるのか?
ねずみ色は灰色系統の色全般の呼び名で、灰色は白と黒の中間の色なので、ねずみ色は無限にあります。
江戸時代に流行った「四十ハ茶百鼠」には、赤みがかったうすい「梅鼠うめねず」、青緑がかった「深川鼠ふかがわねずみ」、茶色がかった「嵯峨鼠さがねず」、ほんのり赤みをおびた淡い「小町鼠こまちねず」、緑みがかった「利休鼠りきゅうねずみ」、青みがかった暗い「紺鼠こんねず」など、
当時の鼠色は100種類以上あったようで、ほとんど識別できないような似た色や、定められた色名のない色も多数あったと思われます。
白鼠(しろねず)
銀鼠(ぎんねず):四十ハ茶百鼠
鼠色(ねずみいろ)
丼鼠(どぶねずみ)
梅鼠(うめねず):四十ハ茶百鼠
深川鼠(ふかがわねずみ):四十ハ茶百鼠
嵯峨鼠(さがねず):四十ハ茶百鼠
小町鼠(こまちねず):四十ハ茶百鼠
利休鼠(りきゅうねずみ):四十ハ茶百鼠
紺鼠(こんねず):四十ハ茶百鼠
まとめ
ファッション業界では、白は100色あるというのが通説だそうです。
ねずみ色は、灰色系統の色全般の呼び名なので、白と黒の中間の色。
黒にも黄色みがっかた黒、赤みがかった黒、青みがかった黒などたくさんの種類の色があります。
白にも黒にも、人の目では識別できない色がたくさんあります。
ねずみ色にも、人の目では識別できない色がたくさんあります。
個人的にねずみ色というと、白鼠から丼鼠の間の色がしっくりきますが、人によってしっくりくる色の範囲はさまざま。
人の目では識別できないほど、極めてうすく黒みがかった白は、「白」ですか?「ねずみ色」ですか?
「白」も「ねずみ色」も、どちらも正解のようです。