江戸時代の質屋は下層民の生活資金を支える重要な金融機関でした。
当時の質草(しちぐさ/質屋の担保)は、衣類、装身具、家具などの生活用品で、生活資金を一時的に手に入れるために質屋は利用されていました。
女房を質に入れても初鰹(はつがつお)。粋で見栄っぱりな江戸っ子の様子を詠んだ川柳です。
粋で見栄っぱりな江戸っ子は質屋を「七ツ屋(ななつや)」、質入れすることを「曲げる」と言っていました。
江戸っ子は質屋を「七ツ屋」と言う
江戸っ子は質屋を「七ツ屋(ななつや)」と言います。
江戸っ子は、しみったれたことが大嫌い。
生活費を調達するような店、しみったれた「質屋」を、そのまま「しちや」と口にするのを嫌いました。
粋で見栄っぱりな江戸っ子は「質・しち」と音が相通ずる「七・しち」を用い、七の読みを「ななつ」と変えて、質屋を「七ツ屋・ななつや」と言いました。
江戸時代に書かれた、浮世草子や黄表紙などで、質屋は七ツ屋として登場します。
*・・・ などと、七ツ屋にでも来たように口説く。 黄表紙『人間一生胸算用』
浮世草子(うきよぞうし)は、江戸時代前期~中期の小説の一種で、娯楽的な町人文学です。
黄表紙(きびょうし)は江戸時代の絵本の一種で、成人向きに仕立てられたものです。
現在は、あまり使われなくなった「七ツ屋」ですが、生粋の江戸っ子は今でも「質屋」を「七ツ屋」と言うようです。
A:「切合い(きりあい)で一杯やらねぇか?」
B:「・・・・」
A:「たんとはいらねぇよ。七ツ屋でもはたらきやな」。
B:「てやんでい、べらぼうめ」
意味は
A:「割り勘で飲まないか?」
B:「・・・・」
A:「大金はいらないよ。(お金がないなら)質屋に行って用立てな」
B:「何を言ってやがるんだ。ばかやろう」
江戸っ子は質入れすることを「曲げる」と言う
江戸っ子は質入れすることを「曲げる(まげる)」と言います。
江戸っ子は、しみったれたことが大嫌い。
「質入れ」みたいな、しみったれた行為を、そのまま「質入れ(しちいれ)」と口にするのを嫌いました。
粋で見栄っぱりな江戸っ子は「質」に通じる「七」の字の2画目が曲がっていることから、質入れすることを「曲げる(まげる)」と言いました。
江戸時代の浄瑠璃などで、質入れする行為は「曲げる」として登場します。
*「七難即滅と曲げてしもうた」 浄瑠璃『ひらかな盛衰記(せいすいき)』
現在は、あまり使われなくなった「曲げる」ですが、生粋の江戸っ子は今でも「質入すること」を「曲げる」と言うようです。
A:「いい家、建てたじゃねぇか」
B:「あたぼうよ」
A:「女房を、曲げたのか?」
B:「てやんでい、べらぼうめ」
意味は
A:「立派な家、建てたな」
B:「あたりまえだ」
A:「女房を、質入れしたの?」
B:「何を言ってやがるんだ。ばかやろう」
女房を質に入れても初鰹
「女房を質に入れても初鰹(はつがつお)」は、江戸時代の川柳です。
当時の初鰹はとても高価なもので、現在の価格にすると、1本20~40万円したと言われています。
「女房を質に入れても初鰹」には、
江戸っ子が生活費を調達するためではなく、「贅沢をするため・見栄をはるため」に質屋を利用する様を揶揄して詠んだ川柳という解釈と、
女房を質に入れてまで、縁起をかつぎ、初物を食べたがる江戸っ子の様を揶揄して詠んだ川柳という解釈があります。
当時、江戸っ子のあいだには「初物を食べると75日長生き」するという言い伝えがあり、鰹は「勝男(かつお)」に通じる縁起の良い魚として人気がありました。
*「(略)思い切って初鰹をお買いなされぬか。七十五日生き延びると申します」黄表紙『人間一生胸算用』
質屋を「七ツ屋」と言ったり、質入れすることを「曲げる」と言ったり、「女房を質に入れても初鰹」と川柳にされるほど江戸時代の江戸っ子は粋で見栄っぱりだったようです。
まとめ
江戸っ子が話す言葉を江戸弁(下町ことば)といいます。
「七ツ屋」「曲げる」も、もともとは、江戸っ子が使っていた江戸弁(下町ことば)です。
江戸っ子は、質屋を「七ツ屋」と言ったように、商売を数字を用いて言っていました。
櫛屋(くしや)は、「九」+「四」=「十三」で「十三屋(じゅうさんや)」と言いました。「十三屋」は豆名月・栗名月の「十三夜」にもかかっています。
飛脚屋(ひきゃくや)は、「十七屋(じゅうしちや)」と言いました。「十七夜」=「立待ち月」=「たちまち(またたく間に)着き」、またたく間に着く飛脚屋を「十七屋」と言いました。
質屋を「七ツ屋」、質入れすることを「曲げる」、櫛屋を「十三屋」、飛脚屋を「十七屋」、江戸っ子の使う言葉には粋なものが数多くあります。