ナルシシズムという言葉は、オーストリア出身の心理学者ジークムント・フロイト博士が、初めて使用したドイツ語(Narzissmus)です。日本語の発音はドイツ語(Narzissmus)の英語訳(narcissim)から「ナルシシズム」となりました。
ナルシシズムとは、自分自身を過剰に愛し、自分自身をエロス的な対象として感受する状態のことを言います。「ナルシズム」という言葉はありません。
心理状態あるいは病的な現象をいう時は、「ナルシシズム」を使うのが正解です。
ナルシシズムを呈する人を「ナルシスト」と呼びます。英語ではnarcissist(ナルシシスト)、オランダ語ではnarcist(ナルシスト)です。
日本では発音のしやすいオランダ語narcist(ナルシスト)が口語として多く使われます。一方でナルシシストは新聞などのメディアで多く使われます。
日本語では心理状態をいう時は「ナルシシズム」、ナルシシズムを呈する人を「ナルシスト」または「ナルシシスト」が、正しい言い方です。
ナルシシズムの語源
ナルシシズムの語源は、ギリシャ神話にあります。
美しい少年ナルキッソスは、エーコーという森の妖精を見捨てます。
エーコーは自分では口がきけず、他人の言葉を繰り返すことしか出来ませんでした。そんなエーコーをナルキッソスは「退屈だ」と見捨てます。エーコーは悲しみのあまり姿を失い、ただ声だけが残って木霊となります。
これを見ていた侮辱を罰する神ネメシスは、他人を愛せないナルキッソスが、ただ自分だけを愛するという罰を与えます。
ネメシスはナルキッソスを、ムーサの山にある泉に呼び寄せます。
ナルキッソスが水を飲もうすると、水面にとても美しい少年(ナルキッソス本人)が映ります。ナルキッソスはひと目で、その少年(自分自身)を愛し、目が離せなくなります。
そして自分自身を見つめ続けたまま死んでしまいます。ナルキッソスが死んだそのあとには水仙の花が咲きました。
このギリシャ神話に登場する死ぬほど自分を愛してしまった少年の化身である「水仙」が、ナルシシズムの語源です。
水仙はドイツ語でNarzisse、英語でnarcissusです。ナルシシズムはドイツ語でNarzissmus、英語でnarcissismです。
ナルシシズムとは
心理学者ジークムント・フロイト博士は『ナルシシズム入門』のなかで、「本書の目的は、ナルシシズムを私たちの性のあり方のうちに適切に位置づけることだ。」としています。
そして、自意識過剰(うぬぼれ)とナルシシズムの違いを、「性的な評価の有無だ」としています。
自分自身をエロス的な対象として感受すること、これがナルシシズムの特徴です。
性的エネルギーが適切な対象(=魅力的な他人)へと向かうとナルシシズムにならないが、そうでなければナルシシズムになるということです。
フロイト博士いわく、「多かれ少なかれ、ナルシシズムは一切の生物に備わっている。」ということですが、必ずしもナルシシズムが病的な現象として現れるわけではありません。ナルシシズムが病的な現象として発症するのは、性的エネルギーが、自分自身へと向けられた時、自分自身を性の対象として選ぶ場合です。
誤解してはいけないのは、性対象(=性的な魅力を与えてくれる人)が魅力的だから性的エネルギーが向かうのではなく、性的エネルギーが向かうからこそ、その人が魅力的に映るということです。
自己愛性パーソナル障害とナルシシズムの関係は非常に深く、ナルシシズムとは自己愛を意味します。
2018年には不倫疑惑で会見した芸能人が、幼児的ナルシシズムの可能性があると話題になりました。
彼が幼児的ナルシシズムを指摘された理由は、自己防衛・幻想的願望充足・現状認識の甘さの3点です。
質問された時に、何よりも自己防衛のために否定する。
「不倫の事実がなかったらいいのに」という願望が本当に現実になるように思い込む。このような幻想的願望充足は幼児期に認められ、大人になっても幼児的ナルシシズムを引きずっている人ほど、この手の思考に陥りやすい。
「自分は特別だから大丈夫」「自分だけはうまくやれる」など自信過剰になり現状認識が甘くなる。
この芸能人のような人は世界中で増えています。
近年、多くの心理学者がナルシシズムによる弊害を指摘しています。
現在は、動画投稿サイトで「自己PR」をし、インスタグラムで「自己PR」をし、就職活動でも「自己PR」をし、自分がいかに個性的で特別な人間かをアピールするのが当たり前の風潮です。
心理学者のJ・MトウェンギとW・Kキャンベルは、二人の著書『自己愛過剰社会』のなかで、「自分を賛美したい気持ちが度を越した」ことで、人々や社会に様々な弊害をもたらしているのかを、豊富な実例をデータと共に綴っています。
著者らは、弊害を招く根源にあるものを「自尊心とナルシシズムの混同」である「病」としています。この「病」が蔓延した原因は「自己賛美を重視する風潮」「メディアによるセレブ崇拝」「インターネットが増長する注目集め」にあるとしています。
そして、この「病」が世の中にもたらした変化として「深かった人間関係は浅いものになり、社会的な信頼関係は崩壊し、特権意識と身勝手さが増大した」としています。
「惣菜を指でつつく」「ショウケースの中に寝そべる」「店員を土下座させる」このような動画を投稿する人達は、この「病」に犯されている可能性がありますね。
ナルシスト/ナルシシストとは
ナルシシズムを呈する人を「ナルシスト」または「ナルシシスト」と呼びます。
三省堂の辞書『大辞林』でナルシシストを引くと、「自己陶酔型の人。うぬぼれや。ナルシスト」とあります。
ナルシシストは日本ではナルシシズム「自己愛」「自己愛性パーソナリティー障害」を呈する人を意味する用語のほかに、「自己陶酔型の人。うぬぼれや。」という意味で使用されることがあります。
男と女、どちらがナルシストなのか?
精神分析学の創始者ジークムント・フロイト博士は、身体的な美しさに夢中になる女性は、男性よりもナルシシズムが強いと信じていました。
しかし2015年3月、ニューヨーク州立大学バッファロー校の研究者らが、男性は平均して女性より強いナルシシズムを示す傾向があるというメタ解析の結果を発表し、話題になりました。
研究者らは「ナルシシズム」「ナルシスト」「自己陶酔」「男女」「性別」「男性」「女性」というキーワードを用いて、8つのデータベースから最終的に過去30年に及ぶ、約47万5千人のデータを含む、355以上の報告(過去の論文)を取り上げました。
研究者らが355以上の過去の論文を使い分析した、ナルシシズムの3つの側面の具体的な例を示します。
リーダーになりたい。私は良いリーダーだと思う。権威を持つことが好き。私は生まれつき他人に影響を与える能力がある。みんな私の権威を知っている。私は生まれつきのリーダーである。
【2】 誇大妄想性/自己顕示癖
公の場で自分に気づかないことに怒りを感じる。自分の体を見せたい。注目の的になりたい。自分の姿を見るのが好き。鏡に映る自分が好き。賞賛されるのが好き。
【3】 特別な権利主張
自分は特別な人間だ。人を利用することは簡単。自分の要求を全て満たすまで満足できない。自分が満足するためなら、他の人を利用して構わない。自分を否定する人が許せない。自分の価値を下げるようなことをする人は認めない。
研究者らによると男女差が最も大きかったのが【3】の特別な権利主張で、男性は他人を利用することで、より特権意識を感じる可能性が高いといいます。
差が見られなかったのは【2】の誇大妄想性/自己顕示癖で、注目されたいという虚栄心は、男女ともに同じように示す可能性があるといいます。
筆頭著者のエミリー・グリハルバ教授は学内ニュースのインタビューに対して以下のように述べました。
「人間はそれぞれ幼い頃から、男女の役割を観察しながら学んでいくものですが、社会が期待する男女の役割から逸脱すると、反発に直面することがあります。特に女性は男性より、積極的だったり影響力を持つ存在になると、厳しい批判を受けることが多く、それが原因で男性に比べて、ナルシスト的な振る舞いを控えるようになるのです。」
UNIVERSITY AT BUFFALO News Centerより一部抜粋
まとめ
心理状態あるいは病的な現象を言う時は、ナルシシストが正しい言い方です。
ナルシシズムとは、自己愛を意味し、自分自身をエロス的な対象として感受することです。
日本で、ナルシシストはナルシストと言われることが多く、ナルシシズムを呈する人を指すほかに、自己陶酔型の人または、うぬぼれやの人を指します。
グリハルバ教授は前出のインタビューで、ナルシシズムについて以下のように述べています。
同時にナルシシズムがあることで、自尊心が高まり、情緒が安定し、リーダーとしての資質が高まる傾向も示されています。」